Vayu(ヴァーユ)の意味

Vayu~वायु~(ヴァーユ)

サンスクリット語です。

ヒンドゥー教の風の神様です。日本では京都の三十三間堂の風神雷神の風神といったところでしょうか。

また、風を流す・送る とか プラーナ(呼吸)という意味合いも持っています。

イメージとしては、動いている感じ。

アーユルヴェーダでは5つのプラーナが存在し、生命力の根源の側面でもあります。

*プラーナ・ヴァーユ

*ヴィヤーナ・ヴァーユ

*サマーナ・ヴァーユ

*ウダーナ・ヴァーユ

*アパーナ・ヴァーユ

 

ヴァーユがプラーナを動かすと言えば、イメージがしやすいのかも知れません。

 

インドの病院でアーユルヴェーダを学んでいた時、師匠であるドクターが、

「ドーシャにこだわってしまっている人が多い。ヴァーユ(流れ)がないから、よいものでもこだわりになり、病気になってしまう。」

と仰っていました。

 

Vayu(ヴァーユ)は流れ続けて、決して止まってはいけないのです。

 

 

 

 

 

 

ラビンドラナート・タゴール

瞑想、断食、厳しい食事制限、ヨガや農作業をしながら、

何かを変えたいと思っていた20代の頃。

この人の言葉に出会って、考え方が少しだけ音を立てて

シフトチェンジしました。

 

「奇跡のりんご」の中に引用されていて、あまりにも有名になりました。

(ラビンドラナート・タゴール「果実採集」より 石川拓治訳)

危険から守り給えと祈るのではなく、

危険と勇敢に立ち向かえますように。

 

痛みが鎮まることを乞うのではなく、

痛みに打ち克つ心を乞えますように。

 

人生という戦場で味方をさがすのではなく、

自分自身の力を見いだせますように。

 

不安と恐れの下で救済を切望するのではなく、

自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。

 

成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような

卑怯者ではなく、失意のときにこそ、

あなたの御手に握られていることに気づけますように。

 

Let me not pray to be sheltered from dangers

but to be fearless in facing them.

 

Let me not beg for the stilling of may pain

but for the heart to conquer it.

 

Let me not look for allies in life’s battlefield

but to my own strength.

 

Let me not crave in anxious fear to be saved

but hope for the patience to win my freedom.

 

Grant me that I may not be a coward,

feeling your mercy in my success alone;

but letme find the grasp of your hand in my failure.

 

(excerpted from Rabindranath Tagore, “FRUIT-GATHERING”)