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「生命の知識」という名前
アーユルヴェーダは、サンスクリット語の「āyus(生命・寿命)」と「veda(知識)」から成る言葉です。 英語ではしばしば “science of life” と訳され、日本でも「生命の科学」と紹介されます。ただし、ここでいうscienceは、現在の実験科学とまったく同じ意味ではありません。 誤解を避けるなら、「生命についての知識」あるいは「生きることをめぐる知恵」と捉える方が近いでしょう。 病気になった部分だけを見るのではなく、何を食べ、いつ眠り、どんな季節を過ごし、心がどのように動いているかまでを含めて、人の生を考えようとする。その広さが、名前の中にすでにあります。本当に「5000年の歴史」なのか
アーユルヴェーダはよく、「5000年の歴史を持つ世界最古の医学」と説明されます。 しかし、古い医学の年代を、一つの数字に決めることはできません。 薬用植物や治療にまつわる記述は古代インドの文献に見られますが、現在アーユルヴェーダの古典として知られる『チャラカ・サンヒター』や『スシュルタ・サンヒター』は、一人の著者が一時期に書き上げた本ではありません。古い知識を受け継ぎながら、複数の時代の編集や加筆を経て、数世紀をかけて現在知られる形になりました。 内科的な知識を多く伝える『チャラカ・サンヒター』。外科、解剖、傷の処置などを含む『スシュルタ・サンヒター』。そして後世に体系を整理したヴァーグバタの著作。 アーユルヴェーダは、ある日突然完成した古代の秘密ではなく、人が身体を見つめ、記録し、教え直してきた時間の堆積です。 古いことは、そのまま正しいことを意味しません。一方で、古いという理由だけで、すべてが無意味になるわけでもありません。世界と身体をつなぐ、五つの要素
アーユルヴェーダでは、世界と身体を、地・水・火・風・空という五つの要素から捉えます。パンチャマハーブータと呼ばれる考え方です。 ここでいう「地」や「火」は、化学の元素を示すものではありません。 重さや安定。流れること。熱と変化。動き。広がる余地。 自然と身体に現れる性質を理解するための、伝統的な分類です。 土に触れたときの重さ。湯気の立つ鍋。乾いた風。音が通る空間。世界にある性質は、身体の中にもあると考えられました。 人間だけを自然の外側に置かない。その発想は、アーユルヴェーダを理解する大切な入口です。ヴァータ、ピッタ、カパは「性格診断」ではない
五つの要素の組み合わせから説明されるのが、ヴァータ、ピッタ、カパという三つのドーシャです。 ヴァータは動き、ピッタは変化や熱、カパは結合や安定に関係すると、伝統的には説明されます。 現在は「あなたはヴァータ体質」「ピッタの人は情熱的」といった性格診断として紹介されることがあります。けれど、ドーシャは本来、三種類の人間に分けるための札ではありません。 季節、年齢、食事、生活の乱れなどによって動く、身体と心の傾向を見るための枠組みです。 どの人にも三つがあり、その現れ方が違う。しかも、一生固定されたプロフィールではありません。 アーユルヴェーダが見ているのは、「何タイプか」という答えより、今どのような偏りが起きているのかという変化です。生まれ持った傾向と、今の状態
その人がもともと持つ傾向は、プラクリティと呼ばれます。それに対して、現在現れている偏りや変化をヴィクリティといいます。 この二つを分けて考えるところに、アーユルヴェーダの面白さがあります。 昔から冷えやすいことと、昨日ほとんど眠れずに今日は冷えていることは、同じではありません。もともとの傾向と、一時的な状態を混ぜない。 ただし、プラクリティを現代医学の遺伝子型と同じものと考えることはできません。ドーシャも、血液検査で測定できる生理物質ではありません。 それらは、アーユルヴェーダという体系の中で人を理解するために使われてきた概念です。 現代医学の言葉に置き換えれば分かりやすく見えることがありますが、似て見えるものを同一にしてしまうと、かえってどちらも見えにくくなります。食べたものより、「消化できたか」を見る
アーユルヴェーダで重要な言葉の一つに、アグニがあります。直訳すれば「火」。伝統的には、食べものを消化し、取り込み、変化させる力を表します。 何を食べたかだけでなく、それをその人が消化できたかを見る。 同じ食事でも、元気な日に食べるのと、疲れきった夜に食べるのとでは、身体の受け取り方が違う。量や質だけでなく、時間、体調、季節との関係を考えるのです。 十分に処理されず、身体の巡りを妨げるものは、伝統的にアーマと説明されます。 アグニを消化酵素、アーマを医学的な毒素とそのまま訳すことはできません。特定の病気の原因として検査で確かめられた物質でもありません。 それでも、「身体に良いとされるものを食べたか」だけでなく、「今の身体が受け取れる状態だったか」と問う視点には、日々の食卓を見直す小さな力があります。
一日にも、季節にも、身体の時間がある
アーユルヴェーダには、ディナチャリヤとリトゥチャリヤという考え方があります。 ディナチャリヤは、一日の過ごし方。起床、排泄、食事、仕事、休息、睡眠などを、身体のリズムに沿って整えるものです。 リトゥチャリヤは、季節に応じた暮らし方。気温、湿度、雨、乾燥、日照の変化に合わせ、食事や活動を変えていきます。 決められた朝の習慣をすべて守ることが目的ではありません。 昨日と今日の身体は同じではなく、真夏と真冬にも同じ身体でいるわけではない。その当たり前を、生活の細部で思い出すための知恵です。少し妙で、だから面白い
アーユルヴェーダを読んでいると、ときどき「そこまで考えるのか」と笑いたくなるような細かさに出会います。 朝起きたら、まず舌を見る。身体に温めた油を塗る。食事では、甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味という六つの味の組み合わせを考える。乾いているなら潤いを、冷えているなら温かさをというように、強くなりすぎた性質には反対の性質を重ねる。 はちみつは大切に使われる一方、加熱したものは好ましくないと古典では考えられています。これは現代医学で「加熱したはちみつが毒になる」と確認されたという話ではなく、アーユルヴェーダ独自の食物観です。 現代の暮らしから見ると、不思議なものも、すぐには納得できないものもあります。 けれど、全部を信じて守るのではなく、「昔の人は、そんなところまで身体を見ていたのか」と面白がってみる。朝の舌を一度見てみる。風の強い日に、なぜか落ち着かない自分に気づく。季節が変わったら、いつもの食事が少し重く感じられないか考える。 そのくらいの取り入れ方を許してくれる余裕も、アーユルヴェーダのよさです。 知識に自分を合わせきるのではなく、知識を借りて、自分の身体を眺めてみる。正解にしすぎないからこそ、暮らしの中で長く付き合えるのかもしれません。 アーユルヴェーダでは、油を用いて身体に触れるアビヤンガ、食事、植物や鉱物を用いた製剤、運動や休息、複数の処置から成るパンチャカルマなど、さまざまな方法が伝えられてきました。 しかし、それらはすべて、誰にでも同じように勧められるセルフケアではありません。強い処置や内服を伴うものは、専門的な判断と安全管理が必要です。古典の医学であり、現代の制度でもある
アーユルヴェーダは、古い本の中だけに残っているものではありません。 現代のインドでは、アーユルヴェーダはAYUSH省が所管する伝統医療の一つです。教育はNCISM(国家インド医療体系委員会)が制度化しています。BAMSと呼ばれる学位課程は5年6か月で、その中には12か月の臨床研修が含まれます。大学課程では古典だけでなく、解剖学、生理学、病理学、臨床実習なども学ばれています。CCRASという公的研究機関は、植物、製剤、臨床、安全性、古典文献などの研究を担っています。 ただし、制度が存在することと、個々の治療の有効性が科学的に確立していることは別です。 また、インドの資格を、日本の医師免許と同じものとして扱うこともできません。 WHOもアーユルヴェーダの教育や実践について、安全性と質を確保するための基準を公表しています。しかしWHO自身が明記しているように、その刊行は、アーユルヴェーダの効果や安全性を保証するものではありません。 制度がある。研究も進められている。けれど、分かっていないことも多い。 その三つを同時に見る必要があります。Vayuが、アーユルヴェーダを好きな理由
アーユルヴェーダの考え方を知ると、自分の身体について、少し違う問いが生まれます。 何に効くのか、どの体質なのか、何を飲めばいいのか。 その前に、今日はきちんと眠れたか。空腹を感じて食べたか。季節が変わったのに、同じ速度で動き続けていないか。身体は温かいのか、乾いているのか、重いのか、落ち着かないのか。 Vayuが好きなのは、万能な治療法としてのアーユルヴェーダではありません。 身体を、暮らしの中へ戻して考える思想です。 診断の代わりにはなりません。病気を治す約束でもありません。 けれど、自分の身体を、故障した部品のように眺めるのではなく、時間や土地や暮らしとつながった存在として見直すことはできます。 古い知識をそのまま信じるのでも、古いからと退けるのでもなく、一度その地図を広げてみる。 アーユルヴェーダを知ることは、身体を急いで変えることではなく、今ここにある身体を、もう少しよく見ることから始まるのだと思います。 その静かな視線を、Vayuも長く持ち続けたいと思っています。NEXT / 次に読む
アーユルヴェーダを、今どう読むか——科学、安全性、老いと星の話 つづきを読む →参考資料
- World Health Organization, Benchmarks for training in Ayurveda(2010)
- World Health Organization, WHO benchmarks for the practice of Ayurveda(2022)
- Müller RFG. On an Origin of the Caraka and Suśruta Saṃhitās
- Dominik Wujastyk, The Roots of Āyurveda
- Wellcome Collection, A human anatomical figure. Drawing, Nepalese, ca. 1800 (?)
- Honey: an important nutrient and adjuvant for maintenance of health and management of diseases(古典におけるはちみつの記述を含むレビュー)
- Ministry of Ayush, Government of India
- Indian Medicine Central Council, Minimum Standards of Education in Indian Medicine Regulations(BAMS課程)
- Central Council for Research in Ayurvedic Sciences, Objectives of the Council
この記事は、アーユルヴェーダの歴史と考え方を紹介するもので、診断や治療、特定の製品の使用を勧めるものではありません。体調や服薬に関する判断は、医師・薬剤師などの医療専門職へご相談ください。
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