『バグダッド・カフェ』までの道

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ESSAY Journey

Abandoned Desert Oasis Motel with Route 66 sign in desert landscape
ESSAY

『バグダッド・カフェ』は、どこか不思議な映画に思える。

なぜこれほど記憶に残るのか。筋を追って説明しても、あの映画の感じにはなかなか届かない。

砂埃。乾いた空気。どこにも行き場がないような人たち。そして、あの場所には似合わないほど大きく響く「Calling You」。

映画『バグダッド・カフェ 4Kレストア』公式サイト 青い空と給水塔、砂漠の乾いた空気。映画を思い出す風景と、4Kレストア版の作品情報を見られます。 ALFAZBET / 4Kレストア版公式サイト
目次

耳の奥に残る「Calling You」

映画を観ていないときにも、あの曲はときどき耳の奥へ戻ってくる。

何年も聴いていなかったはずなのに、乾いた道や、果ての見えない空を前にすると、どこかからイントロが重なる。

Jevetta Steele — Calling You 映画の記憶と、乾いた道の風景を結ぶ一曲。作詞・作曲はBob Telson。第61回アカデミー賞の歌曲賞候補になりました。 YouTube / Jevetta Steele · Oscars

参考:The 61st Academy Awards(1989)

天気が遠くに見える道

昔、ロサンゼルスに住んでいたことがある。

ロサンゼルスからラスベガスへ向かう道のことは、今もよく覚えている。

街を離れると、景色はどんどん乾いていく。

建物が減り、空が広くなり、最後には道と大地ばかりになる。遠くで降っている雨まで見えそうなくらい、何も遮るものがない。

日本では、天気はだいたい頭の上にある。

あの道では、天気がずっと向こうに見える。

カリフォルニアのモハーヴェ砂漠を通るRoute 66
カリフォルニアのモハーヴェ砂漠を通るRoute 66。写真:CTLiotta / Wikimedia CommonsCC0 1.0

手前は晴れていて、その先は暗い。もっと遠くには雨が降っているかもしれない。そんな空の下を、ひとりで延々と運転する。

ラスベガスまでの道。デスバレー。グランドキャニオン。

あとになって、もう一度アメリカへ行き、長い距離を車で走ったこともある。フラッグスタッフのあたりまで、とにかく運転した。目的地を増やすより、道を走る時間の方が長かった。

セドナは、近くまで行きながら寄らなかった。

当時は地名を聞いても、それほど気にならなかった。いま同じ道を走れば、おそらく曲がる。

旅の途中では通り過ぎた場所が、年月を経てから地図の上で浮かび上がることがある。セドナは、そうして後から気になり始めた場所になった。

アメリカという国への気持ちは、単純ではない。

政治や経済のあり方には、距離を置きたくなることが多い。それでも、あの大地には強く惹かれる。

広さ、乾き、遠くに見える天気。その感覚は、国への評価とは別のところに残っている。

スタインベックの小説にも、同じ大地がある。

広すぎる土地の中で、人がうまく生きられなかったり、みっともなかったり、それでも何とか生きていたりする。

『バグダッド・カフェ』にも、そういう、うまく説明できない人間の可笑しさがある。

きれいに整った人はいない。

どうしてこの人たちが、ここに集まっているのか。最初はよく分からない。それでも、気がつけば、その変な場所を離れがたくなっている。

Newberry SpringsのBagdad Café

カリフォルニア州Newberry SpringsにあるBagdad Café
Newberry SpringsのBagdad Café。写真:Pierre André Leclercq / Wikimedia CommonsCC BY-SA 4.0・トリミングなし)

Newberry SpringsのBagdad Caféにも、実際に立ち寄った。

記憶としては、立ち寄ったというより、ほとんど素通りに近い。「あ、こんなところか」と確かめて、また道が続いた。

映画の舞台を見たという実感より、乾いた土地の中にカフェが一軒ある、という方が近かった。

Route 66とNewberry SpringsのBagdad Café 映画撮影時はSidewinder Caféと呼ばれ、撮影後にBagdad Caféへ改称された場所。Historic Route 66沿いにあります。 California Historic Route 66 Association / 写真:Everjean(CC BY 2.0)

カフェより、そこまでの道

カフェそのものより、そこまでの道の方が、記憶には強く残っている。

乾いた大地の中を走りながら、「Calling You」が聞こえてくる。実際に車の中で流していたのか、映画の記憶が後から音をつけたのか、それももうわからない。

道はどこまでも続いている。

空は広すぎる。

天気は、ずっと遠くまで見えている。

同じ道をもう一度走るなら、セドナにも寄る。

セドナ近郊のハイウェイ89Aと赤い岩山
セドナ近郊、ハイウェイ89Aから見える赤い岩山。写真:Brady Smith / Coconino National Forest / Wikimedia CommonsCC BY-SA 2.0・トリミングなし)

たぶん。

お時間あれば、もう少し。

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