「どうして?」の前に、「何があったのだろう」と考える

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トラウマインフォームドケアという、小さな視点

誰かの態度が、どうにも理解できないことがあります。

突然、怒る。こちらが近づくと、離れていく。助けようとすると拒まれる。何度説明しても約束を守れない。何でもないような言葉に、ひどく傷つく。

そんなとき、私たちはつい、「どうして、そんなことをするのだろう」と考えます。

けれど、その問いをほんの少し変えてみる考え方があります。「この人に、何があったのだろう」。それが、トラウマインフォームドケアの入り口です。

目次

トラウマは、特別な人だけのものではない

「トラウマ」という言葉から、戦争や災害、犯罪被害のような、とても大きな出来事を思い浮かべる人もいるかもしれません。もちろん、それらもトラウマになり得ます。

けれど、人が心に傷を負う出来事は、それだけではありません。虐待やDV、いじめ、事故、性被害、重い病気や苦痛を伴う治療、大切な人との死別。一度の大きな出来事によって傷つくこともあれば、逃げることのできない環境のなかで、小さくない傷つきが長く繰り返されることもあります。

そして大切なのは、同じ出来事を経験した人が、同じように傷つくわけではないということです。

トラウマを理解するときには、3つの「E」という考え方があります。

Event――何が起きたのか。
Experience――それをその人がどう体験したのか。
Effect――その後、どのような影響が残ったのか。

出来事そのものだけを見て、「このくらいなら大丈夫」と外側から判断することはできません。その人が何歳だったのか。そばに助けてくれる人がいたのか。どのような意味をその出来事に与えたのか。同じ出来事でも、その人の中に残るものは違います。

PRIMARY SOURCE資料・教材コンテンツこの記事が主な下敷きにした、トラウマインフォームドケア・共同創造・組織変革の学習教材がまとまっているページです。東京大学 TICPOC(価値に基づく支援者育成)

身体は、危険だったことを覚えている

トラウマの記憶には、少し不思議なところがあります。

普通の記憶なら、「あれは昔のことだった」と時間のなかに置いておくことができます。ところが強い恐怖を伴った体験は、何年、何十年経っても、色や音、匂い、身体感覚、恐怖や恥といったものを伴って、ひどく鮮明に戻ってくることがあります。

資料では、これを「冷凍保存された記憶」という比喩で説明しています。普段は凍ったまま眠っている。けれど、ある匂い、声、場所、言葉、状況などが引き金になると、突然それが解凍される。すると身体にとっては、「昔、怖かった」ではなく、「いま、危険だ」になってしまうことがあります。

だから、周囲から見ると不思議に思える反応にも、その人にとっては理由があるのかもしれません。怒ること。逃げること。何も言えなくなって固まること。

トラウマへの反応として知られる Fight(戦う)、Flight(逃げる)、Freeze(固まる) は、本来、危険から自分を守り、生き延びるための反応です。かつて自分を守った方法が、危険が去ったあとにも残っている。そう考えると、「困った行動」の見え方が、少し変わってきます。

「あなたはどうしてそんなことをするの?」から離れてみる

トラウマインフォームドケアは、PTSDの治療法ではありません。精神科医や心理職だけが使う特殊な技術でもありません。

むしろ、人は、自分には見えていない傷を抱えているかもしれない、という前提を、医療、福祉、教育、司法など、人とかかわる場所の文化そのものに組み込んでいこうとする考え方です。

その基本には、4つの「R」があります。

トラウマの影響を理解する(Realize)。その徴候に気づく(Recognize)。知識をもって対応する(Respond)。そして、関わりによって再び傷つけることを避ける(Resist re-traumatization)

なかでも最後のひとつは、とても重要です。助けようとした行為そのものが、相手にとって再び「自分では何も決められない」「逃げられない」「誰にも信じてもらえない」という経験になってしまうことがあるからです。

善意だけでは、人を安全にできないことがあります。

「安全」は、こちらが決めるものではない

トラウマインフォームドケアには、6つの主要な原則があります。

安全。信頼性と透明性。ピアサポート。共同と相互性。エンパワメント、意見表明と選択。そして、文化・歴史・ジェンダーへの配慮。

このなかで、最初に置かれているのが「安全」です。ここでいう安全は、鍵がかかっているとか、危険物がないとか、それだけではありません。その人自身が、安全だと感じられること。

資料にも、スタッフから見て安全かどうかではなく、サービスを利用する本人や家族にとって何が安全なのかを理解することが優先される、とあります。

これは専門的な支援の場だけの話ではないでしょう。家庭でも、学校でも、職場でも。「大丈夫だから」と言われることと、「大丈夫だと感じられること」は、同じではありません。

REFERENCESAMHSA's Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach (2014)本文で触れた「3つのE」「4つのR」「6つの原則」のもとになった、アメリカの公的機関による定義の文書です(英語)。Substance Abuse and Mental Health Services Administration

選べることは、小さな力になる

トラウマとなる体験には、しばしば「自分ではどうすることもできなかった」という感覚が伴います。

逃げられなかった。断れなかった。誰にも信じてもらえなかった。自分の身体なのに、自分で決められなかった。

だからこそ、回復の過程では、もう一度「自分で選べる」という感覚が大切になります。話すか、話さないか。今するか、あとでするか。こちらに座るか、あちらに座るか。助けを受けるか、今日は受けないか。

一つひとつは、とても小さな選択です。けれど、トラウマインフォームドケアでは、支援する側を「その人の回復をコントロールする人」ではなく、回復を促す人として考えます。

誰かの人生を代わりに立て直すのではなく、その人自身が再び自分の人生のハンドルを握れるようにする。そんな違いなのかもしれません。

ケアする人にも、ケアが必要になる

そして、トラウマインフォームドケアには、もうひとつ大切な視点があります。傷つくのは、支援を受ける人だけではないということです。

深刻な体験を繰り返し聞いたり、強い感情を受け止め続けたりするなかで、支援する側にも、代理受傷、共感疲労、バーンアウトなどが生じることがあります。

さらに興味深いのが、パラレルプロセスという考え方です。クライアント、支援者、組織の状態が、互いに映し合うように連鎖していくことがある、というものです。

安全を感じられず、怒りや無力感を抱える人。その人と向き合い続け、安全を失い、無力感を抱える支援者。疲弊したスタッフを抱え、余裕を失い、次第に管理的・懲罰的になっていく組織。

誰か一人の問題だったはずのものが、いつの間にか関係全体の問題になっていきます。

だからこの考え方は、「傷ついた人に優しくしましょう」という話だけではありません。人をケアする場所そのものを、傷つきにくい場所にしていく。そこまでを含んでいます。

知らない傷がある、という想像力

私たちは、誰かの過去をすべて知ることはできません。電車で隣に座っている人にも。同じ職場で働いている人にも。家族にも。そして、とても親しい人にも。

何があったのかを、無理に聞き出す必要もありません。トラウマインフォームドケアは、すべての人を「トラウマを抱えた人」として見ることでも、何でも過去のせいにすることでもありません。

ただ、自分には見えていない事情があるかもしれない。そう考える余白を、少しだけ残しておく。

「この人は、なぜこんな人なのだろう」ではなく、「この人に、何があったのだろう」。そして、ときには、「いま、この人にとって安全とは何だろう」と考えてみる。

それだけでも、人と人とのあいだにある風景は、少し違って見えるのかもしれません。

OFFICIAL REFERENCETIC(トラウマインフォームドケア)をご存じですか?支援職でない人にも読みやすい、日本語の入門ページです。「4つのR」の図や、相談窓口の案内も載っています。北海道 精神保健福祉センター

Vayu編集部メモ|Trauma Informed Care
トラウマインフォームドケアは、トラウマを治療するためだけの方法ではありません。トラウマの存在と影響を理解し、その知識を人との関わりや組織のあり方に取り入れ、再び傷つけることをできるだけ避けようとする考え方です。この記事は、TICPOC「こわくないトラウマインフォームドケアのための基礎スライド Ver.1.2」を主な資料として構成しました。専門的な相談が必要なときは、お住まいの地域の精神保健福祉センターや相談窓口をご利用ください。

お時間あれば、もう少し。

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