思い通りにしたい身体と、食べるということ
食べる前の一秒に、いろいろなものが混ざっている
メニューを開いて、食べたいものを見つけた瞬間、頭の中で小さな計算が始まる人がいます。
これは何キロカロリーくらいだろう。昼にも食べたのに。でも今日は頑張ったから。そんなやりとりをほんの一秒のうちに済ませて、結局、軽いほうを選ぶ。選んだあとも、食べたかったほうのことを、少しだけ考えている。
体重計に乗る。アプリに、食べたものを一行ずつ入力する。今日の歩数を確認する。数字は、たしかに便利です。けれど、数字を見る前から、私たちの中ではもう、気持ちが動いています。食べることへの気持ち。痩せたいと思う気持ち。そして、身体を思い通りにしたいという気持ち。
この記事では、その三つの気持ちを、いくつかの研究と一緒にゆっくり見ていきます。ダイエットをやめるべきだ、という話ではありません。

食べるとき、あなたの中でいちばん先に動いているのは、数字でしょうか。それとも、気持ちのほうでしょうか。
食べるたびに、少しだけ試されている
予定していなかった食事会に誘われた夜のことです。
断れず、デザートのケーキまで一切れ食べてしまう。帰り道、頭の中はもうその一切れのことでいっぱいです。「今日はもう取り返しがつかない」と思った瞬間、コンビニに寄って、我慢していたはずのお菓子をまとめ買いしてしまう。翌朝は、少し怖い気持ちで一日が始まります。
ケーキ一切れは、本当は、ただのケーキだったはずです。それを「失敗」に変えたのは、ケーキではなく、食べたあとの気持ちのほうだったのかもしれません。
チョコレートケーキを見て「罪悪感」を思い浮かべる人と、「お祝い」を思い浮かべる人を比べた研究があります。罪悪感を思い浮かべる人のほうが、健康的に食べようという意図が強いわけではなく、むしろ食べ方を自分で操れている感覚が低く、18か月後の体重の維持もうまくいっていない傾向がありました。[1] これは観察研究で、罪悪感が体重を変えたと言い切れるものではありません。
もう一つ、昔から知られている実験があります。日ごろから食べる量を意志の力で制限している人は、一度その制限が崩れる出来事があると、かえってその後にたくさん食べてしまう傾向が確認されました。制限をかけている間だけ、食欲は理性の下に隠れていて、たがが外れた瞬間に反動が出てくるというのです。[2]
食べることを「守れたか、破ったか」で測るほど、一切れのケーキは大きな出来事になっていきます。

REFERENCE 研究
※ケーキに罪悪感を結びつける人の食べ方と体重の維持を見た観察研究です。因果関係までは言えません。

「痩せたい」は、誰の声だろう
久しぶりに会った親戚に、「ちょっと丸くなった?」と言われる。
悪気のない一言でも、その日の帰り道、鏡の前で立ち止まる。それまで気にしていなかった場所が、急に気になり始める。逆に、「痩せた?」と言われて、思いがけずうれしくなった日のことを覚えている人もいるでしょう。
「痩せたい」と思う気持ちのなかには、自分の身体の内側から出てきたものと、外から届いた声が、混ざっているのかもしれません。
体重を理由にした偏見や不利な扱いを、職場、医療、教育などの場面で整理した大規模な文献レビューがあります。体重が多い人への否定的な見方は、広い範囲で記録されています。[3] こうした社会の側の目線は、「痩せたい」という気持ちの一部を、そっと形づくっている可能性があります。もちろん、この研究だけで、一人ひとりの「痩せたい」の理由を説明できるわけではありません。
体重やBMI(体格指数)という数字も、身体のごく一部しか映していません。BMIをめぐる批判的なレビューでは、この指標が体脂肪率の推定としては精度が低く、脂肪が体のどこについているか、筋肉量がどれくらいあるかを区別できないことが指摘されています。[4] 同じ数字でも、中身はそれぞれ違います。

痩せたら、何が変わってほしいのでしょうか。その変化は、体重だけで起きるものでしょうか。顔や身体の「見え方」そのものについては、別の回でもう少し考えます。

REFERENCE 研究
The stigma of obesity: a review and update
※体重にまつわる偏見や不利益を整理した文献レビューです。一人ひとりの「痩せたい」の理由を説明するものではありません。

REFERENCE 研究
Body Mass Index: Obesity, BMI, and Health: A Critical Review
※BMIという指標の限界を扱ったレビューです。個人の健康状態を判定するものではありません。
思い通りにしたい、という気持ち
夜、布団に入る直前、スマートウォッチの画面を見て「あと三百歩」と気づく。
もう眠っていい時間なのに、部屋の中を意味もなく歩き回る。廊下を往復し、リングを閉じてから、ようやく安心して電気を消す。その三百歩は、身体のために歩いたのではなく、画面の数字のために歩いたのだと、自分でもわかっています。

数字で管理することには、身体を「操れている」という感覚をくれる面があります。何をどれだけ食べたか、どれだけ動いたかが見えると、あいまいだった身体が、扱いやすいものに変わっていくからです。
大学生493人を対象にした調査では、カロリーを記録するアプリを使っている人ほど、食べることへの過度な意識や、食事制限への強いこだわりが強い傾向が見られました。ただし、この関連は、もともと食事や体形への意識が強かった人において顕著で、アプリ自体が新しく問題を作り出したとまでは言えません。[5]
そして、思い通りに「してきた」はずの身体は、長い目で見ると、思い通りにならないことがあります。カロリーを制限するダイエットでは、落とした体重を長く保つことが難しい人が多いとする総説があります。一方で、その解釈をめぐっては研究者の間でも議論が続いています。[6] 体重の増減を繰り返すことが、どんな人の健康にとって負荷になるのかも、まだ十分に整理されていません。[7]
思い通りにならなかったとき、それを「自分の失敗」と受け取る前に、身体の側にも、それぞれの事情があると考えてみることはできないでしょうか。

REFERENCE 研究
Calorie counting and fitness tracking technology: Associations with eating disorder symptomatology
※大学生を対象にした関連研究です。因果関係やアプリの善悪を断定するものではありません。

REFERENCE 総説
Medicare's search for effective obesity treatments: Diets are not the answer
※ダイエットの長期的な効果をめぐる総説です。解釈には、研究者の間でも議論があります。

REFERENCE 総説
Dieting and weight cycling as risk factors for cardiometabolic diseases: who is really at risk?
※代謝面のリスクを扱った総説です。個々人の状態を診断するものではありません。
薬で、思い通りにしようとするとき
SNSで、「注射だけで体重が落ちた」という言葉を見かけて、指が止まる夜があります。
ここ数年、もうひとつの「思い通り」が話題になっています。もともと糖尿病や肥満症の治療のためにつくられた薬を、美容やダイエットのために使う動きです。GLP-1受容体作動薬と呼ばれる薬が、その中心にあります。
日本でこの薬が承認されているのは、2型糖尿病や、肥満症の治療です。厚生労働省は2023年12月の安全性情報で、承認された範囲を外れて美容や痩身を目的に使われている実態を指摘し、その場合の安全性と有効性は確認されておらず、思わぬ副作用による健康被害につながるおそれがあると伝えました。[8] 重い副作用として低血糖や急性膵炎があること、吐き気、下痢、便秘などの消化器症状が比較的よくみられることも、あわせて示されています。
もうひとつ指摘されたのは、需要が供給を上回って一部の製剤が限定出荷になり、本来この薬を必要とする2型糖尿病の患者さんに行きわたらなくなる懸念でした。[8] 日本糖尿病学会も2020年に、美容・痩身・ダイエット目的の使用は、2型糖尿病でない日本人での安全性と有効性が確認されていない、という見解を出しています。[9] 日本肥満学会も2023年11月に、肥満症治療薬の安全・適正使用についてのステートメントを公表しています。[8]
重い副作用が出たときの公的な救済制度は、適正な目的で適正に使われた場合が対象で、美容や痩身のための使用では、受けられない可能性が非常に高いと、同じ資料で注意されています。[8]
必要としている人にとって、この薬は大切な治療です。そのうえで、薬をやめたあとの体重についても、知っておきたいことがあります。肥満のある成人を対象にした治験の延長試験では、薬と生活指導をやめて1年後に、減った体重の約3分の2が戻っていました。[10] ただし、探索的な解析で、製薬会社の資金による研究です。
薬が働きかけるのは、意志ではなく、身体の仕組みのほうです。「思い通りにならなさ」の一部を、たしかに動かすのかもしれません。けれど、さきほど立ち止まってみた「痩せたい」の中身――誰の声で、何が変わってほしいのか――は、薬の前にも、薬を使っているあいだにも、そのまま残っているのではないでしょうか。
薬のことで迷うときは、広告やSNSだけで決めず、処方する医師や、厚生労働省などの公的な情報もあわせて確かめてほしいと思います。個人輸入した医薬品には、品質、有効性、安全性の確認が不十分なものがあると、国民生活センターも注意を呼びかけています。[11]

REFERENCE 公的情報
医薬品・医療機器等安全性情報 No.406「GLP-1受容体作動薬及びGIP/GLP-1受容体作動薬の適正使用について」
※承認された範囲を外れた使用の安全性・有効性は確認されていない、と述べた資料です。


REFERENCE 研究
※探索的な解析で、製薬会社の資金による研究です。薬をやめたあとの生活指導がない条件でした。
気持ちに、先に気づいてあげる
数字を使うこと自体が、問題なのではありません。ただ、数字を見る前に動いている気持ちには、気づかないまま過ごしてしまうことがあります。
自分の今の付き合い方を、少し離れたところから眺めてみる問いがあります。
- 食べる前の一秒に、最初に浮かぶのは「おいしそう」か、「計算」か、「罪悪感」か
- 一食食べすぎた日、その日一日の評価も一緒に下がっていないか
- 「痩せたい」と思い始めたのは、いつからだったか。そのとき、誰の言葉があったか
- 痩せたら、何が変わってほしいのか。その変化は、体重だけで起きるものか
- 数字を見た直後に浮かぶのは、安心か、焦りか
- 記録をつけ忘れた日、それだけで「失敗した日」になっていないか
数えることをやめる必要はありません。ただ、食べる前の自分と、数字を見た後の自分が、あまりに別人になっているとしたら、それは身体の管理ではなく、身体による支配に近づいているのかもしれません。
同じ身体に、別の物差しを重ねる
ジョーティッシュという伝統では、生まれた時刻と場所をもとに星の配置や角度を算出し、その体系のなかで読みます。Vayuでは、それを未来を決める科学的事実としてではなく、人生をいつもとは別の位置から眺めるために受け継がれてきた文化的な視点として扱っています。
星の動きは、数値として計算できます。けれど、その数値だけを見て一日を判定する人はいません。数字は、物語を読むための手がかりであって、物語そのものではないからです。

身体の数字も、同じように扱えるかもしれません。手がかりは手がかりのまま置いておいて、食べることや、痩せたいという気持ちや、思い通りにしたい気持ちのほうを、もう少し広く読んでみる。
次に何かを食べるとき、あなたの頭に最初に浮かぶのは、数字でしょうか。それとも、「おいしそう」という気持ちでしょうか。
参考文献
- Kuijer RG, Boyce JA. Appetite. 2014;74:48–54. https://doi.org/10.1016/j.appet.2013.11.013
- Herman CP, Mack D. Journal of Personality. 1975;43(4):647–660. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1467-6494.1975.tb00727.x
- Puhl RM, Heuer CA. Obesity. 2009;17(5):941–964. https://doi.org/10.1038/oby.2008.636
- Nuttall FQ. Nutrition Today. 2015;50(3):117–128. https://journals.lww.com/nutritiontodayonline/fulltext/2015/05000/body_mass_index__obesity,_bmi,_and_health__a.5.aspx
- Simpson CC, Mazzeo SE. Eating Behaviors. 2017;26:89–92. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1471015316303646
- Mann T, Tomiyama AJ, Westling E, et al. American Psychologist. 2007;62(3):220–233. https://doi.org/10.1037/0003-066X.62.3.220
- Montani JP, Schutz Y, Dulloo AG. Obesity Reviews. 2015;16(Suppl 1):7–18. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/obr.12251
- 厚生労働省『医薬品・医療機器等安全性情報』No.406, 2023年12月. https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001177708.pdf
- 日本糖尿病学会「GLP-1受容体作動薬適応外使用に関する日本糖尿病学会の見解」2020年7月9日. https://www.pmda.go.jp/files/000236248.pdf
- Wilding JPH, et al. Diabetes Obes Metab. 2022;24(8):1553–1564. https://doi.org/10.1111/dom.14725
- 国民生活センター「個人輸入した医薬品、化粧品等にご注意!」2023年9月6日報道発表. https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20230906_1.pdf
※この記事は、体重管理や食事についての個別の医学的・栄養学的助言を行うものではありません。食事や体重に関して不安が続く場合は、医師や管理栄養士など専門家に相談してください。
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